中川不器夫氏が4代目社長就任・年間輸出1万台達成

1961・02・01 自販、車両本部発足

1961・03 乗用車の対米輸出を一時断念

1961・04・01 自販、東京地区の配車基地として綱島車両センター完成

1961・04 自販、中部日本自動車整備学校を開校

1961・06・30 パブリカを発売(UP一〇型)

1961・06 TQCの全社的導入を決定

1961・08・11 石田退三社長が会長に、中川不器男副社長が社長に就任

1961・09・08 自販、春日工場(現 春日センター)完成

1961・10・02 自販、車両販売計画委員会発足

1961・12 原価管理を全社的に展開するため原価会議発足

1961・12 年間輸出1万台を達成

1962・02・01 自販、輸出本部発足

1962・02 南アフリカのトヨペット・コマーシャルズ車とディストリビューター契約に調印(現 トヨタ・マーケティング社)

1962・02・24 労働組合との間で労使宣言に調印
【目前に迫った貿易自由化と、現実の厳しい企業競争に対処するため、労使一体となって「日本のトヨタから世界のトヨタへ」の飛躍を期そうとする労使の誓いを明文化。】

1962・03 自販、販売店統一会計要領を整備

1962・04・27 型・治具・ゲージメーカーで精豊会発足

1962・06・08 パブリカ・バン(UP一六V型)を発売

1962・06・19 フィリピンのデルタ・モーター社とCKD組立てで提携(昭和59年3月提携解消)

1962・06 自工・自販間に、最高政策会議発足

1962・06 南アフリカのモーター・アッセンブリーズ社生産開始(現 トヨタ・サウスアフリカ・マニュファクチャリング社)

1962・07・19 第一回全社監査を実施(昭和41年5月 業務点検に名称変更)

1962・10・01 クラウンをモデルチェンジし発売(RS四〇型)

1962・10 タイにトヨタ・モーター・タイランド社を設立

1962・11・06 建築・工場設備の工事会社で栄豊会発足

1962・11・30 トヨタ初の自動車専用船「第十一福寿丸」就航

1962・11 オーストラリアのオーストラリアン・モーター・インダストリーズ社(AMI社)とCKD輸出契約調印(現 AMIトヨタ社)
【オーストラリアへの輸出は低迷していたが、AMI社とティアラ(コロナの輸出名)の組立・販売契約を締結して、昭和38年4月から生産を開始し、トヨタ最大の輸出市場にまで拡大した。】

1962・12 デンマークへクラウン1台をサンプル輸出
この年、VA導入

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