豊田喜一郎

豊田喜一郎(とよだきいちろう)
1894年6月11日生まれ。
トヨタ自動車の創業者であり、第2代社長(1941年~1950年)。
父は、豊田自動織機創業者の豊田佐吉。長男は豊田章一郎。次男は豊田達郎。従兄弟は豊田英二。

G型自動織機の実質的開発者とも言われている。
豊田喜一郎伝の著者、和田一夫氏は以下のように述べている。
「G型自動織機の製造・販売権(特許権)を、当時、世界最大の繊維機械メーカーだったイギリスのプラット社に譲渡したときの契約書、いわゆる「豊田・プラット協定」を見るために、イギリスに行きました。その契約書には、はっきりと豊田喜一郎と書いてありました。調べてみると特許明細書にも豊田喜一郎と書いてある。資料の中で、喜一郎自身が「G型自動織機は自分(喜一郎)としてはかなり力を入れてやった」とか、「みんなは(G型自動織機の開発は)親父(佐吉)だ親父だと言うけど、親父の言うやつでは動かなかった」と言っている。もちろん、G型自動織機の開発はチームでやっているので、あまり喜一郎だけを誉めすぎるのはどうかな、と思ってはいますが、G型自動織機の開発を喜一郎が手掛けていたことは間違いありません。 」

関連コンテンツ
LINEで送る
Pocket

その他のページ